劇場支配人の小部屋

とりあえず、このページに私自身の事を書いていこうと思います。
生まれは昭和31年です。伊勢生まれの生粋の伊勢育ちです。
何しろ生まれてから40数年間伊勢を離れたのは二十歳の頃に、約1年足らず大阪に居た位ですので・・・
自分で思っている性格は、気が小さい割には恥知らず、一つの事に熱中するのに飽き性、短気の割には呑気・・・
ヘンな所を並べると幾つでも並びそうです。端的に表すと「偏屈なオヤジ」って所です。
趣味について考えてみたのですが、性格通りあれこれ色々中途半端にやっていますので・・・
その中でも、現在でもなんとなく生活の一部になっているのが「音楽を聴く」ことでしょうか。
つきましては、日々耳にした「音楽」について、その他色々なことを支配人の紹介を兼ねて、ボチボチ気ままに雑記を書いていこうと思っています。    
2001/09/01

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2004/11/3 「ジ・エンド」 ドアーズ

60年〜70年にかけてのサイケデリック・ロックとか言われた、ちょっとアングラ(アンダー・グラウンド)的なブルースを基調にしたロック・グループの一つでした。
当時うら若き支配人は多分に漏れず、こういったちょっと危ない様なそんな音楽に非常に惹き付けられていました。
この曲は後に映画「地獄の黙示録」にも使われていましたので、ご存じの方も多いと思います。

今日はドアの話です。
と言っても来年の新球団として残念ながら加盟できなかった「ライブドア」の話ではありません。
支配人はちょっと「楽天」には憤慨しておりますが、まあこの話はさておき・・・

先日、自宅のトイレで用を足して出ようとドアの丸い取っ手を回しました。
しかしこれが回らないんですねぇ。ありゃ?取っ手に付いてる鍵を閉めてしまったのかと回してみても鍵は掛かっていないし・・・こりゃドアの取っ手が壊れてトイレに閉じこめられたかな?!トイレの窓は外から侵入できないようにアルミの格子がはまっているし・・・ 焦りました。「ジ・エンド?」(^^ゞ
落ち着いてドアの取っ手を回す方向を逆に回してみたら難なく開きました〜
壊れたのは壊れたのですが、ドアの取っ手は普通どちらに回しても開くように作ってあるのですが今回は一方向だけしか回せなくなってしまったんです。

この経験でドアを開ける時は私の場合、時計と反対回し(左回し)に回して開けるのが習慣になっているのに気づきました。
今回の場合、入る時は左回りに回して開いたのです。これは故障していない回転方向であったので開いたのですが出る時は裏側になるので当然、右回転が故障していない方向になり習慣になっている左回しでは回らないのですね。

これ以来、トイレから出る時は一度考えてからドアの取っ手を回すようになりました。(笑)

皆さんはドアを開ける時はどちらに回しますか?


2004/11/2 「わたしの彼は左きき」麻丘 めぐみ  「サウスポー」ピンク・レディー
今回もかれこれ一年近くここに何も書いていなかったです。(^^ゞ

今を去る事2〜30年前のアイドル歌手のヒット曲ですが、「左利き」というとこの二曲がまず浮かんできます。
当時の麻丘めぐみ、可愛かったですねぇ〜
また、ちょっと違った意味で呑んべいの「左党」、左利きという言葉も浮かんできます。

私は約一ヶ月程前から右肘をテニス肘にやられてしまい、何かにつけて不自由をしています。
そこで左右の手を入れ替えてすると出来そうな仕事をやってみたりしていて面白い事に気が付きました。
普段、利き手の右手でしている事を左でやろうとするとなかなか上手くゆかなかったりするのは分かるのですが、逆に左手でやっていた事を利き手の右でやろうとしても、やはり上手くゆかないものも有るんですね。
利き手には利き手のそうじゃない方の手にはそれなりの役割というのが有るのに気が付きました。
多分これは長年の習慣によって備わったものでしょうね。
身近な所で、咳をする時に手を口に持ってゆく時、背中を掻く時、鼻くそをほじくる時・・・これなんかは主に利き手じゃない方の役割ですよね。
あっ、背中を掻くのは肩に筋肉の付いてない方が遠くまで届くからかもしれませんが。

つまり、利き手=オールマイティーでは無いんですね。
と言う事で♪劇場の劇場の爺は〜左利き〜〜♪ 
      ♪わ〜たし じじいのサウスポ〜〜♪


2003/12/27 「あふれよ わが涙」/J.ダウランド
半年もここに何も書いていなかったので今年最後に一つ書いておこうと思います。(^^ゞ

先日、胸に染み入る声楽曲がTVより流れてきました。
NHKの「名曲アルバム」の中の1曲で米良さんが歌っていました。
この曲の題名は「流れよ我が涙」「涙のパバーヌ」「ラクリメ」とも言われています。
エリザベス王朝時代のリュート奏者ダウランドの曲なのですが、声楽を伴った曲としての題名が「あふれよわが涙」「流れよ我が涙」であり、器楽曲としての題名が「涙のパバーヌ」「ラクリメ(涙)」という事らしいです。
「ラクリメ」というのは組曲になっていて七つ涙のパバーヌからなっているそうです。

私は「涙のパバーヌ」としては過去に古楽器のリコーダー演奏で聞いた事がありましたが、今回声楽で聞いてみて不思議と涙があふれそうな思いにとらわれました。

声楽ではありませんがギターのMIDIをネット上で探しましたのでリンクしておきます。
クラシックギター仮想演奏会
こちらのページの「Dowland」→「涙のパバーヌ」で聞く事が出来ます。
すばらしい曲です。一度聞いてみて下さい。

はるか昔、私もクラシックギターをかじったのですが、その時にバロック音楽を少しやってみた事があります。
もう一度、押入れからギターを取り出してきて始めてみようかな〜〜なんて気にさせます。
やりたい事が一杯!来年も色々あれやこれやと中途半端にかじりそうです。(^^ゞ


2003/06/15  「小さな願い」/アレサ・フランクリン
私のお気に入りのソウル・ナンバーです。
曲はバート・バカラックの曲ですので当然ディオンヌ・ワーウイックが歌って大ヒットした曲です。
しかし私にはディオンヌ・ワーウイックよりもアレサ・フランクリンがソウルフルにゴスペル色豊かに歌ったこの曲のほうが好きです。

今回は曲の内容とは少々違うのですが、命名について一言話したいと思います。
私の名前は「康生」と書きます。当然、親にもらった名前です。

親が子供に名前をつける場合に親は子供に対してこんな風に育って欲しい、こんな人間になって欲しいと願いを込めて付ける場合が多いのではないでしょうか。
親の願いとは詰まるところ当然自身の生きてきた中での反省を踏まえて、また自身の身に付けたいもの付けたかったものを子供の名前に託すのではないでしょうか。

私の場合は病弱な親が「やすらかに生きて欲しい」「健康に育って欲しい」という願いを込めて付けたんだと思います。
しかし得てしてそうは上手くゆかないのが世の常です。
親子ですから遺伝的観点からすると身体的、性格的にも似てくるものですから願いとは裏腹に親と同じ道を歩んでいく場合が多いですよね。

私の場合は当然、余り体は強くありませんので親の願いは叶わずじまいでした。(笑)
しかし私は最近こんな風に考えられる様になりました。
親が名前を付ける時に名前に込めた願いは「どうか神様お願いします」という願いではなく、子供本人に向けられた「親からの伝言、小さな願い」ではないかと思う様になりました。

私は健康面で不安があるので、よりそのあたりに気配りをしてと・・・・・・(^^ゞ
皆さんは如何でしょうか?


2003/04/12 「刈干切唄」宮崎県民謡
有名な民謡ですからご存知の方は多いでしょう。→「刈干切唄」

私が高校生の頃で民謡というものを聞いて初めて心に響いた唄です。
何故、高校生かと申しますと、この時の修学旅行が九州でした。
そのバスの中でガイドさんが唄ってくれたのがこの唄だったのです。
美しいガイドさんが唄ってくれたのもその一因かもしれませんが・・・(^^ゞ

当時「赤い鳥」というグループが「竹田の子守唄」という民謡をヒットさせていた時代です。

この竹田の子守唄にも日本の音楽としてある意味で心に染み入るものがありましたが、刈干切唄にはまた違った懐かしさのような日本の情景を浮かばせる様な不思議な魅力を感じました。
国こそ違っても各国それぞれには「民謡」という唄があります。
それは仕事の合間に口ずさむ伝承された「唄」であったり、また生活を嘆く「唄」であったり「子守唄」であったりします。
それは私たちに頭で聞く音楽ではなく心に自然に入ってきます。

私にとってこの唄はそんな民謡に目を、心を開かせてくれた唄でした。


2003/02/15 「青春歌年鑑」
先日、CDのレンタル店へ行きました。
ふと見ると目立つ所に1960年から30年間に渡って各年の青春歌を30曲集めたオムニバスCDがズラリと並んでいました。
それぞれの年度の曲目を見ているうちに、あ〜〜懐かしいな〜という気持ちが湧いてきまして借りずにいられなくなりました。
どれもこれも捨て難く取り合えず「これは」という曲の入った年の2枚(二枚組みなので計4枚)を借りてきました。1965年、1969年の二組です。

1965年には「女の意地、赤坂の夜は更けて(西田佐知子)」「さよならはダンスの後に(倍賞千恵子)」「二人の世界(石原裕次郎)」「夢みるシャンソン人形、砂に消えた涙(弘田三枝子)」「知りたくないの(菅原洋一)」・・・

1969年には「時には母のない子のように(カルメン・マキ)」「夜明けのスキャット(由紀さおり)」「別れのサンバ(長谷川きよし)」「遠い世界に(五つの赤い風船)」「人形の家(引田三枝子)」「粋なうわさ(ヒデとロザンナ)」「夜が明けたら(浅川マキ)」「或る日突然(トワ・エ・モワ)」「真夜中のギター(千賀かおる)」「港町ブルース(森進一)」・・・
といった好みの曲が詰まっています。

こういった曲を懐かしく聞き、口ずさんでいて考えました。
この頃は自身にとってどんな年であったのかと・・・そうすると驚くべき事が分かりました。
この二つの年には私にとってどちらも大きな出来事、変化のあった年であるのに気付きました。

1965年、私が小学3〜4年生の時で私にとって大きな出来事があり精神的に不安定な年でありました。
この年の多くの曲が私の心の中に居座っているのはこの曲達が少年時代の私の心を癒していたのでは無いかとさえ思います。
小学生の私にとって、これらの曲は恋愛を題材にした曲であっても詩の内容とは別に心に入り込む何かがあったのではないかと思います。

1969年、この年は私は中学1〜2年生の頃です。
この頃は私にとって音楽を真正面から聴き始めた年であります。
巷ではフォークソングが活況を帯びてきた年だったと思います。
ラジオの深夜放送を聞き始めたのもこの頃で、これがきっかけで歌謡曲からフォーク、ロック、ブルース・・・・へとのめり込むきっかけとなった年であります。

今こうやってこれらの曲を聞いていますと、追い求めて聴いた曲よりも自然と体に(耳に、心に)入ってきた曲の方がなんとなく心揺さぶられる様に思います。どうしてなのでしょうか。
多分これはこの時代の曲は「頭」で聴いたのではなくきっと「心」で聴いていたんでしょうね。
これを反省材料にしてこれからも童心に戻って「心」で音楽を聴きたいですね。


2003/01/06  「満月の夕べ」 酒井 俊
先日の小椋佳「海辺の恋」で長年の宿便を解消した事を書きましたが、年明け早々また一つ便秘解消です。
この曲は昨年NHKのTVに彼女が出演していて、いい曲だなぁと思っていました。
しかし如何せん、その時は彼女の名前、曲名とも分かりませんでした。

ところが先日の朝、いつもは仕事の支度中はNHKのラジオを聞いているのですが、たまたまこの日はお正月の駅伝の中継をやっていました。
これは私は余り興味がありませんのでCBCラジオを聞いていました。
するとこの曲がかかってきたんですね。この時も仕事の手を止め思わずメモメモでした。(^^ゞ

最近ジャズボーカリストとして沢山のCDを出している売れっ子の某歌手がいますが、どうも私には心に響くというようなボーカリストではありませんでした。
ところがですこの酒井俊は久々に心を揺さぶってくれる歌声を持つジャズボーカリストなのです。
いやジャズボーカリストと限定するのは間違いかもしれません。
新年早々こんないい歌手に出会えるという事も音楽好きの私にとって嬉しい事の一つです。

いろいろネットで調べました所、私が知らなかっただけでかなりの年季の入った歌手であるのが分かりました。
またこの曲「満月の夕べ」も何年か前に有線放送のヒットチャートに入ったそうです。

酒井俊の公式ページはこちら

2002/12/25 バレエ音楽「くるみ割り人形」/チャイコフスキー
クリスマスというと私はこの曲がまず浮かんできます。
この曲を聞くとメルヘンの中に吸い込まれて童心に帰れるような、ようなそんな気分にさせてくれます。
もともと私はチャイコフスキーという作曲家が好きです。
このメルヘンな「くるみ割り人形」とは趣を異にしますが、交響曲の6番「悲愴」、バイオリン協奏曲、小品でピアノ曲「四季」・・・
心が落ち込んだ時などこんな曲を聞くとわりと落ち着いた気分にさせてくれたりもします。

この歳になるとクリスマスはサンタになって子供を喜ばす方ですが、私自身の子供の頃のクリスマスに思いを巡らせてみました。
私は早くに父を亡くしていますので、クリスマスになると伯父が決まってクリスマスケーキを届けてくれました。
それと同時に伯父から励ましの言葉も一緒に決まって届きました。
野球の王選手がバッターボックスに入った時の様子を例にとって、しっかり生きていきなさいという様な事だったと思います。
当時の私にとっては余り理解出来なかったかも知れませんが、その心使いが嬉しかったのでしょか今も鮮明に印象に残っています。

もう一つ、私が中学生の頃だったと思います。
母がある用でクリスマスソング(♪ジングルベル)のレコードを買い求めると言うので私が選んで買ってきてあげようと勇んでレコード屋さんに自転車をこいで行きました。
ヨーロッパの合唱団のジングルベルが良いだろうと選んで買ってきました。
そしていざ家に帰ってレコードに針を下ろしてみると当然♪ジングルベ〜ル ジングルベ〜ル♪とスピーカーから流れてくるはずが・・・♪ジンドンダン ジンドンダン♪の声!?
母も「なんやんこれは?」私も「???」
英語では無いんですね〜イタリア少年合唱団だったかウイーン少年合唱団だったか忘れましたが・・・
という恥かしい思いをした記憶も浮かんできます。(^^ゞ

まあ私の子供の頃のクリスマスは「クリスマス=ケーキを食べる日」というだけの日であったように思います。


2002/11/17「君の友達」/キャロル・キング 「明日にかける橋」サイモン&ガーファンクル
この2曲はどちらも私の大好きな曲のひとつです。
並べてみたのはこの2曲ともどちらも友達が困った時は直ぐ駆けつけて力になろうという様な事を詩の中で語っているからです。

先日、こんな事が有りました。
お店に70歳くらいのおばあさんが入ってくるなり、いきなり電話を貸して下さいとの事。
しかし家の電話番号も分からないらしく何やらもぞもぞしていました。
それで色々話を聞くうちに、どうやら家を出て歩いている内に何処を歩いているのか迷ってしまい困っているのだと分かりました。どうやら痴ほうが始まっているようです。
それで家は何処なのかを聞きだし、「も〜〜困ったおばあちゃんやな〜〜」と思いつつ車で5分程の所でしたので送ってゆきました。
送っていった先のお家では息子さんがおみえになり、「しょっちゅうこんな事ばかりして迷惑をかけている」との事。
「困ったおばあちゃんですね〜はははっ〜」と笑って帰ってきました。

最近TVでこんな広報を見ました。
「ちょボラ」というちょっとしたボランティアを推し進めるものでした。
昔はこんな事は当たり前の事で、こういった事をして気持ちが良くなるとかそういった問題ではなかったと思います。
やって当然、空気を吸うのと同じくらいの事ではなかったかと・・・

こういった形で啓発的な活動をしなければならないのはちょっと悲しい事だと思います。


2002/10/16 「ヘイ・ジュード」/東儀秀樹
この曲は言わずと知れたビートルズナンバーです。
この曲を東儀秀樹が雅楽器の笙(しょう)で演奏しているのを聞きました。

私が東儀秀樹を知ったのは昨年のNHKスペシャル「宇宙・・・」の音楽を担当していた曲を聞いたのが最初です。
この笙という楽器はご存知かもしれませんが竹の筒を何本が丸く並べた様な格好の雅楽楽器です。雅楽演奏できっとお馴染みですよね。

この音色なのですが、東儀さんのHPによりますと「古代の人はその音色で「天からさしこむ光」を表現した」とかかれています。

しかし私にはこの音色がとても悩ましく聞こえます。
どう表現していいものか、まるで女性が色香を振り撒いて迫ってくるようななんとも官能的で悩ましげな音色に聞こえます。
こんな風に聞こえるのは私だけでしょうか?
中年の日々願望の表れか・・・・・・(^^ゞ


2002/09/18 「海辺の恋」
先日、30年程前に聞いて以来ずっと題名が分からなかった曲が分かりました。

この曲は私が高校生だった頃だと思うのですが、当時よく見ていたNHKの銀河テレビ小説でやっていたドラマの一つの主題歌ですが、以来この歌の1フレーズ、2フレーズが頭から離れずに時々ふと口ずさんでいたんです。
「♪こぼれ松葉をかき集め 乙女のごとき君なりき こぼれ松葉に火を放ち 童のごとき我なりき」という出だしの部分だけなんですが・・・
この詩の内容といい、メロディーといいとてもきれいな曲でした。

先日この曲がラジオから流れて来たのです。思わず仕事を止めて最後まで聞き耳を立てました。
「小椋佳さんで昭和49年に放映されました銀河テレビ小説『黄色い涙』の主題歌で『海辺の恋』でした」とのナレーション。

やった〜!私は便秘にはなった事が有りませんが、宿便が取れた思いとはこんな思いなのでしょうね。
早速、忘れないうちにメモしました。

その後ネットで調べてみましたら、詩は佐藤春夫、作曲は小椋佳でした。
ドラマは永島慎二の漫画「黄色い涙」をドラマ化した作品で、森本レオ、下条アトムらが出ていた青春ドラマでした。
近い内にレンタルで借りて改めて聞こうと思っています。


2002/09/07  「大きな古時計」
最近この曲がNHKの「みんなの歌」で流れてくるのをよく耳にします。
この曲、実は100年以上も前のアメリカの曲なんですねぇ
この作者のお爺さんは実際に毎日大きな時計のネジを巻いていたという実話を元にした曲だそうです。

私のお店にも2週間に1回ネジを巻く古時計が時を刻んでいます。
この古時計は5〜6年前に近くのリサイクルショップで買い求めてきた物なのです。
最初はネジを巻いて振り子を揺らしても直ぐ止まってしまいました。
こりゃ一度分解して油を注してやろうと、出来る所まで分解してあちらこちら注油をして文字盤も綺麗に磨き上げ、また本体もロウを塗りタオルで磨き上げました。
するとこの古時計私の気持ちに応えてくれました。
今現在も正時と半にはボ〜ンと時を知らせてくれています。

この古時計の右横の板の部分には「昭和26年度卒業生寄贈」との文字が有り、また左横の板にはもう今にもぽろぽろと剥げ落ちそうな紙に「算数教材用」「大里小学校」の文字が書かれて貼ってあります。
戦後の小学校で先生がこの時計を教壇に掲げて一年生に時計の文字盤の読み方を教えていたのが目に浮かんで来るようですね。

どういう経路でリサイクルショップにたどり着いたのか分かりませんが、今こうして半世紀もの「時」を隔ててを改めて時を刻んでいるこの古時計とこの曲が私の心の中で重なっています。

p.s.私が死んだ後に孫がこの時計をみて♪ちい〜さな のっぽの古時計 お爺さんの時計・・・♪って歌ってくれるでしょうかねぇ(^^ゞ


2002/07/01 「フール・オン・ザ・ヒル」/セルジオ・メンデス&ブラジル’66
今回のW.C.サッカーはブラジルの優勝で幕を閉じました。
そこで、ブラジルと言うとこのふとこのナンバーが浮かんできました。

私はビートルズ世代でも、ビーチ・ボーイズ世代でも、ましてやプレスリー世代でも有りません。
私の青春時代はビートルズ時代が終わろうとしていた時代でした。
世界はヒッピー・ムーブメントがラブ&ピースの運動が始まった頃だったと思います。

ビートルズが解散かという時代でもやはりビートルズナンバーは巷に満ち溢れていました。
今でもビートズナンバーはいたるところで聞けますが・・・
この「フール・オン・ザ・ヒル」もレノン/マッカートニーの曲ですが、このナンバーを私はセルジオ・メンデスが演奏しているこのカバーが一番のお気に入りです。
もともとサンバ、ボサノバというジャンルも好きだという所があるかもしれませんが、またサンバ、ボサノバ風にアレンジされるとビートルズナンバーに限らずどの曲もいい雰囲気を醸しだします。

アレンジの妙というのか、ジャズ、ラテン、ボサノバそれぞれにアレンジされると、元の曲とはまた異なった素敵な曲に生まれ変わるものです。その代表的な一曲だと思います。


2002/05/30 「雨のささやき」/ホセ・フェリシアーノ
この曲は70年頃にヒットチャートを賑わせた曲で盲目のギタリスト、ホセ・フェリシアーノの代表曲です。
盲目の音楽家は、レイ・チャールズ、スティービー・ワンダー、日本では長谷川きよしと沢山いますが、それぞれに心に語りかけてくるような曲が沢山有ります。この曲もそのうちの一曲だと思います。

雨を題材にした曲はこれから梅雨時に入るとラジオなどで沢山耳にされるでしょう。
私が日本の曲で浮かんでくるのが♪あ〜めが降〜ります 雨が降る・・・♪の「雨」、♪雨はふるふる 城が島の磯に・・・♪の「城が島の雨」、♪あ〜めあ〜め ふれふれ 母さんが〜♪の「あめふり」の三曲ですが面白い事にこの3曲とも北原白秋の作詞によるものなのです。
新しめの曲では「冷たい雨」ハイファイセット(ユーミン)、「雨の中の二人」橋幸夫、「9月の雨」太田裕美・・・ちっとも新しくないな〜(^^ゞ
それぞれ、雨を悲しくとらえている曲、明るくとらえている曲とありますが 一般的に日本の曲の場合は悲しい曲の方が多いみたいに思います。

一方海外の曲に目を向けてみますと
「雨に唄えば」ジーン・ケリー、「雨にぬれても」B.J.トーマス、「雨を見たかい」C.C.R.、「雨」ジリオラ・チンクエッティ、「雨にぬれた朝」C.スティーブンス、「雨の日と月曜日は」カーペンターズ・・・・・・
詩の内容まではっきり分かりませんので正確に言い切れませんが、わりと明るい調子の曲が多い様に思います。
また、雨という言葉を借りてその時代を歌っている場合もあります。

雨を「うっとうしい」「冷たい」と感じるか「恵みの雨」「美しい雨」ととらえるかの違いでしょうね。
日本でも「春雨じゃ濡れていこう!」なんて台詞がありますが、この程度の雨ならそれで良いのですが梅雨時の毎日毎日降り続く雨はやはり暗くならざるをえませんね。
また、ある国では雨は嬉しいシャワーであるかもしれません。
雨の曲はその土地の気候と密接につながっている所もあるのでしょうね。

まとまりの無い文章になりましたが皆さんの「雨の曲」はどんな曲でしょう?


2002/05/20 「ザ・キャット」ジミー・スミス
ジミー・スミスというのはオルガン奏者でジャズオルガン奏者の神様みたいな人です。
私はこのオルガンのねっとりとした音色、それでいて歯切れの良いこの音自体がとても好きです。
そのオルガンをジャズに持ち込んだのがジミー・スミスです。
オルガンでのジャズ演奏、これはとても小気味よくスイングします。

「ザ・キャット」この曲は「危険がいっぱい」という映画の挿入曲です。
A.ドロンとJ.フォンダの会話中に猫が登場するシーンに使われていたそうです。

実はうちにはユキという真っ白なオス猫がおります。
飼い猫としては何匹目かの猫ですが、にこれまでの中で一番の長寿猫です。
放し飼いにしていますので、交通事故にあったり病気で死んでしまったり、突然いなくなったりと2年以上住みついていた事がありませんでした。

このユキはもう少しで3年を迎えます。
最近では我々家族に話し掛けるようになりました。(本当に言葉をしゃべったら怖い(^^ゞ)
と言っても、餌をくれ、水をくれ、戸を開けろ・・・と要望が多いですが・・・。
しかし、それだけではない様な鳴き方をする場合もあります。
たとえば、外から戻ってきた時になどにまるで「今帰ってきたよ〜」と報告する様に私たちの顔を見て鳴きます。
また、私たちがうちへの帰りが遅い時など玄関先で待っていたりもします。

よく「犬は人に付いて、猫は家に付く」といわれますがこの猫はどうやら「人」に付いているみたいです。
「忠猫ユキ公」になるように育てましょか〜〜(^^ゞ


2002/04/30 シューベルト「アヴェ・マリア」
私はクラシックも良く聞きますが、中でも声楽曲を良く聞きました。
声楽曲と言ってもオペラのアリアではなく、ピアノ伴奏で歌われる声楽曲です。
代表的な作曲家はシューベルト、シューマン、ブラームスと言った作曲家が沢山残しています。
中でもシューベルトの「アヴェ・マリア」は良く耳にされるでしょう。
とても美しい曲ですね。
またシューベルトには三大歌曲集「美しさ水車小屋の娘」「冬の旅」「白鳥の歌」がありこちらは圧巻です。
「冬の旅」を聞いていますと、ドイツ語なんか分からないし無論ミュラーの詩の内容も分かりませんが、自然と涙が出てくる思いです。

クラシックの作曲家の名前の思い出を一つ・・・
私が小学生の4〜5年生の頃の思い出です。
音楽の時間は作曲家の写真が壁に沢山貼ってある音楽室で授業がありました。
それと共に、音楽の薄っぺらい教科書にもそれらの作曲家の写真が名前と共に載っていました。
いたずら好きの友人とその教科書に書かれている名前を面白おかしく書換えて遊んでいました。
ヘンデル→ヘーデル、ベートーベン→ベントーベン、ショパン→ショッパン・・・・・・
ある日、音楽のテストがあり、それは作曲家の名前を書き入れるものでした。
そして数日後そのテストの回答を返却してもらう時の事です。
先生がこんな事をいったのです。
「”ワーグナー”と書かなければいけない所を”サワーグナー”と書いた人がいます」と・・・
私は恥ずかしくて赤面してしまいました。(^^ゞ

2002/04/19「恋、してしまうもの」
今日、NHKのお昼の「公園通り」という番組で小椋佳氏が出ていました。
その番組の中での一曲ですが、「恋、してしまうもの」という曲を解説を交えて歌っていました。
小椋佳氏も歌詞の中で「恋はするもの、させるものではなく、してしまうもの」と表現されております。
そうなんですよね、恋なんて自然にしてしまうものなんですよね。
その辺が不思議な所でもありちょっと厄介な所でもあるんですね。

淡い初恋から燃えるような恋、後先を考えない盲目の恋、耐え忍ばなければならない忍ぶ恋・・・・・・
色々な恋がありますが恋に落ちてしまうと総じて回りが見えなくなってしまいがちですよね。

また、齢を重ねるとともにその辺りは少しは冷静に考えられるようになってきましたが、人によっては熟年、初老になってからでも盲目の恋に落ち家庭を捨ててまで突っ走っている方もみえます。
こうなるのは困りものですが、幾つになっても恋をしていきたいものですね。

今日は本当はこの話題ではなく、この番組で小椋佳氏と三枝成彰氏が対談の中で話していた、曲を作る上でメロディーが先か歌詞が先かという事を書きたかったのです。
両氏とも詩先(歌詞が先でそれにメロディーを付ける)で曲を作ると言う事でしたが、最近の曲は殆どメロディーが先にありそれに歌詞を付けていくという方法がとられているそうです。
これはどちらに重きを置くかという事ではないでしょうか。
私は曲(歌詞の入った曲)と言うものは歌詞(詩)の内容があってこその曲だと思っています。
最近、新しい曲を聞いても心にピンとこないのはその辺の曲作りよるものなのでしょうか。
悲しいですね。

2002/03/12 インターネット
私はインターネットを始めて2年程になります。
その間ネット上でいろいろな方と知り合いになり、またそれによって不思議な縁というものもたくさん経験しました。
一般にインターネットは名の通り「網の目」のように張り巡らされた環境を利用して「遠く離れた見知らぬ人との出会い」という事も一つの魅力になっております。

私も多くの方と知り合いましたが不思議な事にネットで知り合った方との話の中で、実社会でのつながりがたくさん出てきました。
たとえば、その方の亡き父さんが画家であられ、その絵を私が昔見て覚えていたとか、またある方に於いては幼少時代に遊んだ友達が私の従兄弟であったり、またある方に於いては職場の先輩が私の幼馴染であったり・・・・・次から次とつながりを発見しました。

もともとネット上のつながりの以前にしっかりと私達の世界はつながっているいるんですね、「網の目」の様に!

2001/11/25「男と女」
♪ら〜ら〜ら しゃばだばだ しゃばだばだ ら〜ら〜ら しゃばだばだ しゃばだばだ♪というスキャットの曲です。
30年ほど前のフランス映画「男と女」の映画音楽でフランシス・レイが担当していました。
私は映画自体はリバイバルで観た記憶は有るのですが・・・映画の内容よりもこの曲の方が印象に残っております。

ところで皆さんは「男と女」ではどちらが冒険的だとお思いでしょうか?
私はお店でのほんの些細な事から女性の方が冒険、挑戦という事に積極的ではないのかなと最近感じました。
ご説明させて頂くと、当店の新商品「伊勢かつ丼」を注文される方についてこんな事が良くあります。
男女何人かでもしくはカップルでおみえになるお客さんが「かつ丼」を注文されるのですが、女性の方が新商品の「伊勢かつ丼」男性の方が従来の「かつ丼」というパターンが非常に多くあります。
そして、男性が女性に美味しいかどうか尋ねる、もしくは一口横取りして食べるというパターンです。

男の方が臆病で保守的、女の方が積極的で冒険心旺盛という潜在的な性質というものがあるのでしょうか?
私もこの例にもれず臆病、保守的な所をしっかり持っています。(^^ゞ


2001/10/28 「枯葉」
秋の曲その2「枯葉」
この曲をジャズで聴いております。
秋だなぁってつくづく感じます。
50年代の録音のM.Davis(tr)、J.C.Adderley(a.sax)、H.Jones(pf)、S.Jonse、A.Blakey(ds)というクインテットによる「SOMETHIN' ELSE」というアルバムに収められている「枯葉」です。
ジャズファンの間では知らない人はいないという位有名なアルバムです。
マイルスの導入ソロから始まって、C.アダレイ、マイルス、H.ジョーンズのアドリブソロに移ってって行きます。
私は個人的にマイルス・デイビスのトランペットが好きですのでマイルスについて一言だけ(私の少ない知識から)話します。
ちょうど10年ほど前に亡くなりましたが、各時代にそれぞれ、自分の確立されたスタイルにとらわれずいつも新しい音楽に挑戦し続けたトランペッターであると私は思います。

余談になりますが、人はある程度成功したり安定したりするとどうしてもそれ以上変わる事が出来にくくなります。
と言うより変化を恐れるようになるのでしょう。

先日、いつも色々新しい事に飛び込んでチャレンジをされているお客さんと話をしていて思ったのですが、仕事にしろ遊びにしろチャレンジするという事は幾つになっても大切な事だなと改めて感じました。
「失敗を恐れない」「恥を恐れない」これが歳を重ねていくとだんだん難しくなってくるんですが、もともと自分という人間が大した人間では無いのだから、と開き直ったらいい事なんですが・・・・・・
このような気持ちで生きて行きたいですねぇ。

「枯葉」から変な話になってしまいましたが、ジャズで定番の「枯葉」を聴いてみて下さい。(^^ゞ


2001/10/8  「秋桜」
コスモスの花があちらこちらで、盛んに咲いております。
今日は秋の曲を思い浮かべてみました。
♪淡紅の秋桜が秋の日の 何気ない陽溜まりに揺れている♪という歌いだしの「秋桜」
さだまさしの曲を山口百恵が歌っていました。
嫁いで行く前日の母と娘の情景がせつなく歌われていました。
この曲がヒットした当時はそれ程感じなかった詩の内容が、歳を重ねるにつれ身近な曲になってきました。

♪今はもう秋 誰もいない海 知らん顔して 人がゆき過ぎても♪という歌いだしの「誰もいない海」
この曲はトワ・エ・モワの代表曲で、失恋の歌ですが少し元気を付けてもくれました。

「枯葉」秋になれば必ず何処からか流れてくる定番のシャンソンです。
「ニューヨークの秋」エリントン・ナンバーの一曲で、たくさんのミュージシャンが歌い演奏しております。
どちらもしっとりとした名曲です。

秋⇒「実りの秋」「収穫の秋」⇒「祭りの曲」というパターンもありますがなかなか浮かんできません。
私の場合は秋⇒「夏の終わり」「透き通った空気」「落葉」「もの悲しさ」というイメージしかわいて来ません。

皆さんは秋というとどんな曲が浮かんできますか?


2001/09/19  「アメイジング・グレイス」
今日、テロ事件後再開された大リーグ中継を見ました。
試合に先立って今回の事件の犠牲者の追悼セレモニーが行われていました。
その最初に歌われていたのが「アメイジング・グレイス」という曲です。

現在では第二のアメリカ国歌といわれるほどの曲ですが、この曲は元のメロディーはアメリカ民謡(黒人霊歌)でそれにイギリスの牧師ジョン・ニュートンという人が詩を書いたそうです。

歌詞内容は当然、賛美歌ですから題名通り「驚くべき神の恵み」を歌っておりますが、私はその内容がどういう事を歌っているのか良く知りません。
しかしこの曲はメロディーを聞いただけで心を洗われる様な何とも言えない不思議な気持ちにさせてくれます。
様々な歌手が歌い、演奏家が演奏しておりますがそれぞれに心にしみいります。
この曲の様にメロディーだけでも心を動かされる曲というのも本当にいいものです。


2001/09/17  「傘がない」
井上陽水の曲に♪「都会では 自殺する 若者が 増えている けれども 問題は 今日の雨 傘がない」と歌われる「傘がない」と言う曲があります。

先日起こった対米テロ事件について私なりに考えました。
アメリカ対テロ組織と言う単純な構図では無くアメリカを狙ったテロであると同時に、日本を含めた経済大国へのテロだと私は思います。
また先の湾岸戦争の時の様に対岸の火事では無いとも思います。
現に日本人の犠牲者もたくさん出ています。

もし仮にこれが日本で起こっていたら私たち日本人は如何するでしょうか?
アメリカの様に報復しようとするでしょうか?
報復が良い悪いは別にして私たち日本人はそれを行うだけの気概と言うか気力を持っているでしょうか?
すみません「日本人」と書きましたが、戦後生まれの私自身をモデルにしてしまったので一般論では無いかもしれません。

私自身が「今日の雨」の方を心配してしまう様な、そんな人間である事を先ず恥ずべきでしょうね・・・

今日の雑記は独り言でした。


2001/09/08  「蘇州夜曲」
先日テレビから流れてくる曲に耳を奪われてしまいました。
ふと目をやると女性が「二胡」と言う中国の楽器で「蘇州夜曲」を演奏しておりました。

「蘇州夜曲」、この曲は私もメロディとほんの少しの歌詞くらいしか知りませんでした。
西条八十作詞 服部良一作曲 で映画「支那の夜」の中で李香蘭が歌っていたそうです。
その後渡辺はま子が歌ってヒットした曲だそうです。

「二胡」と言う楽器は「中国胡弓」とも言われ、日本の胡弓とは全く別の楽器です。
バイオリンの様に弓で弾きますが弦の数は2本です。音色はバイオリンと非常に良く似ています。

「二胡」という民族楽器で聞く「蘇州夜曲」、これは逸品でした。
日本人で有りながら、こういう音を聞くと何か懐かしい様なとっても落ち着いた気分にさせてくれます。
二胡に限らず三味線、尺八、シタール、リュート、チェンバロ・・・と言った民族楽器、古楽器の音色は民族に関係無しに、どこか素朴な心に触れる音色を持っているんではないかと改めて思いました。

2001/09/02  「私に人生と言えるものがあるなら」
昨日、ラジオを聞いておりましたら、走るフォークシンガー高石ともやさんが出ておりました。
高石ともやで先ず思い浮かべるのは多分、♪「お〜いで 皆さん聞いとくれ〜 ぼ〜くは悲しい受験生 砂を噛むよな味気ない〜」と唄われる「受験生ブルース」でしょう。
それと私は、彼の歌で初めて知った、♪「私に人生と〜言える物があるなら〜あなたと過ごした〜あ〜の夏の日々・・」と唄われるアメリカ民謡「私に人生と言えるものがあるなら」、この曲がふと浮かんできます。
そういえば確か、もともとフォークソング=民謡ですよね。
この曲を耳にすると何故か「若かりし日々」というものが思い起されて来ます。
日本の曲で♪「夏がく〜れば 思い出す はるかな尾瀬〜 遠い空・・」と唄われる「夏の思い出」という曲がありますが、またこの思い出とはちょっと違った思い出です。
誰でも、若かりし日の甘い(ちょっとほろ苦い)思い出の一つや二つ浮かんでくるでしょう?それなんです。
音楽が与えてくれる物の一つにそんな素敵な要素があるように思います。

まとまりのない文章ですがお許しくださいね。